歴史

学校

審査項目

特別グループ主要チームの概要

エスコーラ・デ・サンバへのリンク

2008年のカーニバル


先ずは、リオのカーニバルを題材にした映画を堪能!どちらも名監督によるもので音楽がまた最高!
黒いオルフェ (マルセル・カミュ監督。仏伯合作。多数賞獲得)
オルフェ ( C.ディエーゲス監督。主演は Cidade Negra バンドの T.ガリード)


歴史

キリストが死後3日目に復活したことを祝う復活祭は、春分後最初の満月の次の日曜日であり、この日から40日逆算する カーニバルは毎年2月か3月になるが、最近では人々が待ちきれず(観光客集めという側面ももちろんある)季節外れの時期にもやるところが多くなった。
しかし豪華絢爛さ、迫力、規模、各チームの競争意識と企画性の点でリオ市のカーニバルに勝るものはない。公式カーニバルパレードで最高チームが出場する日曜夜の観客は例年8万人、出場者は2万人以上 (7チーム)に達する。

リオのお祭り騒ぎ好きは伝統的なもので、1567年にはリオ市建設・フランス人追放を祝って人々が街を練り歩いたことが記録に残っており、その後、ポルトガル王室のリオ移住や各種宗教行事など、どんな行事にも派手な衣装と山車で街を練り歩く習慣が定着。後に王室をブラジルに移したジョアン6世がポルトガルで王位就任した際、リオのお祭り騒ぎは 10日間も続き、広場には戴冠シーンや王宮の様子が大きな模型と寸劇で再現され、街路は色とりどりに飾りつけられ、ちょうどカトリックの聖週間と重なったため、宗教旗を掲げた人々もこの祝賀パレードに合流。 学者はこれをリオのカーニバルの起源としている。

19世紀末には、アフリカ起源の踊りを組み入れた rancho(隊、グループ)が出来、パレードに物語性が取り入れられるようになった。
1928年、初の escola de samba(=サンバ学校)が誕生。 下層階級の集まりと見られがちだった rancho イメージから脱皮するため、ちょうど近くに師範学校があったことからも、グループの名称を escola (学校)とすることになったが、実態は地区毎にまとまったサンバ・チーム。もちろん、「学校」のように特にカーニバル前は連日厳しい練習がある。

今でもチーム成員の大半はファヴェーラ(スラム)の住人であり、最近は有名人のパレード参加も普通のことになったが、カーニバルは、本質的には貧困などで抑圧された生活を余儀なくされている人達のエネルギー発散の機会でもあると言える。


学校

カーニバルといえば、何といってもサンバ・パレード専用通り ( セントロ区の端にある Sambódromo ) で行われるエスコーラ・デ・サンバのパレード。
各「学校」が毎年チーム毎に異なった主題の下に、1チームで8つ位のセクションに分かれかつ一貫性をもたせてサンバを歌い、踊り、演奏しながらうねうねと行進。特に巧い「学校」14チームが特別グループとして日曜と月曜の夜パレード、審査の得点結果下位になったチームは普通グループ( の Acesso A )に転落。また、Acesso A グループの1、2位となったチームは翌年晴れの舞台 (日曜と月曜の夜)を 踏めることになる。
(注:2005年のパレード終了後、2006年、2007年は、特別グループの下位2チームが Acesso A に降下、 Acesso A からは1位のみが特別グループに上がる、即ち08年から特別グループのチーム数は計12とすることが決まった)

エスコーラの陣容は非常に大きく、パレード出場者数は1校3千人から5千人にもなる。審査は約10項目について行われ、総合点が一番高かったチーム(=学校)が優勝ということになるが、優勝チームには他チームから必ずいちゃもんがつくのが面白いところ。
水曜日の審査結果、特別グループの上位5チームと普通グループの上位2チームは次の土曜日に再びパレードする栄誉が与えられる。


審査項目

1. Comissão de Frente (露払い団)

各チームの先頭でゆっくりと行進、10人位の年配の男性で構成。普通は燕尾服姿で観衆にシルクハットを降って挨拶、粋な姿が特徴。ただしこの2〜3年は趣向を凝らした目新しいものが出現している。

2. Mestre Sala e Porta Bandeira (名手カップル)
porta bandeira は大きなチーム旗を持った若い女性。男性の mestre sala と組んで巧みな踊りを披露。この男性は通常、王政時代の王子のような仮装で出場。チームに各一人で、これに選ばれることは大変な名誉。

3. Fantasia (衣装。仮装)
チームカラーをベースに、セクション毎 (パーカッション、バイアーナ・・・バイア州女性の独特な白いレースの衣装をつけて年配の女性達がゆっくり踊る班・・・など8グループ位。各グループ200人以上)に異なった衣装をつけて歌い踊る。

半裸姿の班、宮廷衣装の班など入り乱れ、それでいてチームのテーマの一貫性は保たれている。

4. Enredo (テーマ)
歴史上の出来事などが多い。

5. Alegoria e Adereço (山車とその装飾)
テーマにそった山車が何台も。山車の上で踊る人には、人気テレビ俳優や有名な歌手が招かれることが多い(ただ観衆に愛敬を振りまくだけの人が多いが)。

6. Evolução( パレードの進行、まとまり、盛り上がり)
これを監督する係り(20人位)は、夢心地で時を忘れて踊っている人を「ピッピッ」とホイッスルで正気に呼び戻したり、行きつ戻りつグループからはみ出しそうになる人を列の中に押し込んだり、汗だくの活躍。これを見ているだけでも結構面白い。
7. Bateria (パーカッション)
このグループはほとんど男性のみで構成(チームの内規に 「男性のみ」 と謳っているところもあり、最近は女性の希望者から内規変更を迫られている)。ブラジル特有の打楽器が多く、そのリズムとサウンドは、人々の中で眠っている太古からの魂をゆさぶる。「カーニバルはきらい」という人も、この圧倒的な音と驚異的なリズム感には感動さえ覚えるという。このグループのみで 800人も抱えるチームもある。

8. Samba-enredo (パレードのテーマ曲)

9. Harmonia (ハーモニー)

10. 所要時間

パレード時間には上下限 (最長限度は1時間20分)が設けられており、この上下限厳守も採点の対象。
今年(2005年)はあるチームで、前の諸グループの進行が遅れたため、出番寸前にあったバイアーナ・グループ(通常、年寄りの女性が大半)の入場を進行係りがカット、彼女らは涙を飲んで晴れの舞台を諦めたが、しこりは大きく、チーム上層部と彼女たちの関係はまだ(12月現在)改善されていない。



特別グループ主要チームの概要

(注:優勝回数は1999年現在)

Salgueiro (サルゲイロ)
歴史等Morro de Salgueiroに 3つあったチームの2つが1953年に合併。
(リオでmorro…丘、山…といえば、殆どがファヴェーラ)
カラー赤・白
優勝1960年から93年まで8回

Vila Isabel (ヴィラ・イザベル)
歴史等Vermelho e Branco de Vila Isabel…ヴィラ・イザベルの赤と白…の反主流派が、青と白のユニフォームのサッカー・クラブと合流し1946年サンバ・チームに。
カラー青・白
優勝1回(1988年)

Portela (ポルテラ)
歴史等山車、同じ衣装の露払い団などはこのチームが導入したもの。創立1935年。
カラー青・白
優勝35年から84年まで20回

Tradição (トラディソン)
歴史等1989年、ポルテラの反主流派が独立して作ったチーム。その名前が「伝統」(トラディソン)というのだから・・・。98年に特別グループ入り。
カラー青・白・金・銀
優勝0回

Viradouro (ヴィラドウロ)
歴史等隣町ニテロイにあり、創立1946年、87年からリオのカーニバルに参加。超有名な総監督ジョアンジンニョ・トリンタがベイジャ・フロールから移籍して初めての97年、初めて優勝
カラー赤・白・金・銀
優勝1回

Unidos do Porto da Pedra(ポルト・ダ・ペドラ)
歴史等ニテロイの奥、サン・ゴンサロのチーム
カラー?
優勝

Unidos da Tijuca(ウニードス・ダ・チジューカ)
歴史等Morro Borel等多数の「丘」にあったブロッコが1931年合併。リオで3番目に古いチーム。当初は近くの大手タバコ工場等の工員が大半を占めた。
カラ青・金
優勝1回(1936年)

Academicos da Grande Rio (グランジ・リオ)
歴史等?
カラー
優勝

Mangueira  (マンゲイラ)
歴史等創立1928年。Morroにはマンガ(マンゴー)の木が一杯生えていたことと、当時は国鉄始発駅(ドン・ペドロII世駅)から最初の駅に位置していたことからこの名前に。(正式名はエスタソン・プリメイラ・デ・マンゲイラ)。チーム・カラーはサンバの王様カルトラの見立て。
イギリス皇室など、海外の賓客がサンバ学校を視察したいというと必ずここに連れて来られる。コミュニティーの子供達の経済的自立などを目的とする慈善事業も多数実施されている。
カラー緑・ピンク
優勝15回。

Mocidade Ind. Padre Miguel (パードレ・ミゲル)
歴史等創立1955年。(正式名はモシダーデ・インデペンデンチ・デ・パードレ・ミゲルで、何となくどこからか独立したような感じの名前)
カラー緑・白
優勝4回

Caprichosos de Pilares 
(カプリッショーゾ・デ・ピラーレス)
歴史等政治風刺のテーマが多いことで有名
カラー青・白
優勝

Imperatriz Leopoldinense
 (インペラトリース・レオポルディネンセ)

歴史等国鉄レオポルディーナ線沿線の住民が集まって1956年設立
カラー緑・白
優勝5回

Beija Flor (ベイジャ・フロール)
歴史等1948年創立、53年にエスコーラデサンバ連合に加盟。76年のジョアンジンニョ・30の参加で隆盛を極める
カラー青・白
優勝6回

União da Ilha (ウニオン・ダ・イーリャ)
歴史等ゴベルナドール島(国際空港や大学都市のある地区)のある通りの仲間3人が1953年のカーニバルの最終日、「自分達のエスコーラを」と思い立ち、近くのサッカー・クラブの青年達と設立
カラー青・白・赤
優勝

主要エスコーラ・デ・サンバのサイト(リオ)

ベイジャ・フロール

マンゲイラ

ポルテラ

ヴィラドウロ

インペラトリース・レオポルディネンセ

カプリッショーゾ・デ・ピラーレス

グランデ・リオ

インペリオ・セラノ

ポルト・ダ・ペドラ

サルゲイロ

サン・クレメンチ



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